「司法試験の問題漏えい」のニュースを聞いて

今年の司法試験問題漏えいが話題になっていますね。

 

「司法試験」というのは、法曹と呼ばれる裁判官・検察官・弁護士になるための試験です。

 

どの仕事につくにせよ全員同じ試験を受けて、同じ実務研修を受けてから、それぞれの道に進むわけです。

 

そして、万が一ですが皆さんが訴訟に巻き込まれて判決を受ける場合には、その判決を決めるのは裁判官です。

 

仮に、自分の親や子供が交通事故を起こした時に、正式な裁判を求める請求(起訴)するかどうかを決めるのは検察官です。

 

さらに、みなさんが離婚、相続、交通事故、借金の問題や刑事事件の弁護を依頼したいときに頼るのは弁護士です。

 

そういう意味では、皆さんの人生を左右することもある実務家を決めるフィルターが司法試験ということになります。

 

ですから、司法試験は法律実務家の能力を計かるだけの一定の水準を保った試験でなければいけませんし、公正に行われなければなりませんよね。

 

私が受験していた時代には、司法試験というのは学歴に全く関係なく、大学の教養課程(だいたい2年生までの科目履修)を経ていない人(例えば、高卒・中卒の人)は教養試験という一次試験に合格すれば、大卒者と同じスタートラインにたてました。

 

その点では、本当に自由な試験で、それ故の厳しさもありましたが、誰もが平等だからこそ、落ちても反省するしかなかったわけです。

 

また、費用も本代と生活費さえ何とかなれば受けることができたので、アルバイトをしながら生活費を削って勉強時間を確保しつつ合格していく人も非常に多かったんですね。

 

ところが、2004年4月から、大学を卒業した後で、大学院の2〜3年で法律学習に偏らない「全人格教育」をやるという途方もない目的をもって法科大学院制度が作られました(22才からの人格教育って・・・)。

 

つまり、大学の後にさらに法科大学院に入って卒業しなければ、原則として司法試験を受けられないというわけです(予備試験という細いルートがありますが、これは割愛します)。

 

そして、その法科大学院の学費やその他の教育費を入れると、約1,000万円程度かかることも珍しくないという制度設計になってしまいました。

 

ですから、司法試験や法曹実務家への道における「法科大学院」は、裁判官・検察官・弁護士になるには避けては通れないものとなってしまったのです。

 

今回、問題となったのも、その法科大学院の教授の問題漏えいです。

 

つまり、「考査委員」と呼ばれる試験問題を作成し、採点する委員が、試験問題を、自分が教えている明治大学法科大学院の受験生に漏らしていたということです。

 

漏らしたのは、憲法の分野ではそれなりに有名な学者です。

 

実は、司法試験の問題の漏えいは、今回が初めてではありません。

 

2007年にも慶応大学法科大学院の教授が試験問題と類似した問題を自分の大学の法科大学院で教えていたということがありました。

 

しかもこの問題が難問だったため事前に教わることが相当優位に働いたということでより受験生の間で不公平感があったようです。

 

どうして、法科大学院制度ができる前には一度も問題になったことがないのに(都市伝説のようなものはありましたが・・・)、数年でこんな有名な大学の専門大学院の教授が問題を受験生に漏らすようになったのだと思いますか?

 

それは、各法科大学院にとって、司法試験の合格者数や合格率が生命線だからです。

 

法科大学院の費用が高額なことや試験に人生がかかっていることから、学生も「どの法科大学院に入るか」の選択はシビアになります。

 

優秀な学生ほど、合格者をたくさん出していたり、合格率が高い法科大学院に行きたくなります。

 

法律解釈の理解というのは、一人で唸って考えているよりも、できるだけ高いレベルの人同士で議論をすることが有意義だという特徴があるからです。

 

「議論」といっても喧嘩ではなく、法的な自分の考え方をお互いに示しながら話をして、お互いの思い込みや誤解を発見して、より理解を深めることです。

 

そのため、有益な議論や意見交換ができる法科大学院にみんな行きたいんですね。

 

そうすると、その結果、その法科大学院は合格者や合格率を伸ばし、更に優秀な学生が殺到するわけです。

 

その逆になったらどうでしょう?

 

合格者数や合格率が落ちてきて、優秀な学生が敬遠するようになって、更にレベルが下がるという悪循環になっていきます。

 

そして、文部科学省は、司法試験の合格者数や合格率を勘案して、優良な法科大学院には補助金を多く、そうでない法科大学院には少なく配分しています

 

司法試験の合格数、合格率が低いため補助金が少なくなった法科大学院は学費を上げてカバーするしかありません。

 

しかし、「レベルが低い」と学生から評価されている法科大学院で学費を上げたら、どの学生も受験しなくなってしまいます。

 

その結果、一定の水準の学生を入学させられずに「定員割れ」を起こしている法科大学院もあります。

 

そして、その末路は、廃校となりかねません。

 

実際に今でも、廃校する法科大学院は増えてきています。

 

もし、廃校になると、教授の仕事がなくなってしまいますから、教授も自分の法科大学院の学生を合格させることに必死なんですね。

 

今回の明治大学法科大学院の司法試験の合格率を見ると、14.6%で、法科大学院全体の合格率21.5%を大きく下回っています。

 

また、法科大学院での教育内容が直結する受験1回で合格した人の率は、

明治大学法科大学院2.75%⇔全体9.76%

と全体平均の3分の1以下となっています。

 

合格するまでに試験を2回以上受けている人は、法科大学院を卒業していますので、その後は司法試験の予備校を使って勉強をすることが多いので、大学院の影響はどんどん薄くなっていくんですね。

 

ですから、良い内容の教育をしている法科大学院を選びたければ、1発合格者の率がここ数年続けて高い法科大学院を選ぶのが良いと思います。

 

このように学生も法科大学院を選んでいきますので、今回の問題漏えい教授にも、明治大学法科大学院経営の焦りが動機の一つにあることは間違いないと思います。

 

そうすると、皆さん、司法試験の合格率が自分の仕事や収入に直結する法科大学院の教授が、司法試験の問題を作成したり、採点したりすることに違和感を感じませんか?

 

私は、試験としての公正さを私たち国民に示してもらうためには、法科大学院の教授は、司法試験にはノータッチにすべきだと思います。

 

別に法科大学院の教授でなくても、大学の法学部の教授には優秀な方がたくさんいますし、また裁判官・検察官・弁護士にも法律に豊富な知識と深い理解を持っている実務家の方が数多くいます。

 

その人たちに試験問題の作成と採点を任せることは十分に可能です。

 

法科大学院は、しっかりと司法試験の問題を分析するとともに、法務省から国民全員に提供される「こういう能力を持った人が欲しい」という情報を十分に汲み取って、世に求められている法律家を養成すれば良いだけです。

 

その方が、少なくとも私たち国民からの理解が得られることは間違いないところでしょう。

 

一部の人たちだけが、法曹になる資格へのコースを仕切るという旧権威主義的なやり方は、止めて欲しいと改めて思わされました。

 

P.S.

最近になって、この法科大学院の教授が、女生徒に

「司法試験の委員だから付き合ってくれたら問題を教えてあげる」

と言っていたというニュースが流れています。

 

もし、これが本当だったら、法科大学院の教授は、司法試験を受けない生徒を教えている教授裁判官検察官弁護士に任せるべきことがより明確になると思います。

 

「時事の感想」のブログ過去記事についてはこちらをご参照ください。

 

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カテゴリー: 時事についての感想

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