判決より先に死刑報道されたのはなぜ?

日が暮れるのが大分早くなってきましたね。

 

静岡市では11月3日前後を中心に毎年、「大道芸ワールドカップin静岡」が開催されています。

 

静岡市内の繁華街や清水港のショッピングモールなどの路上やフリースペース、そして駿府城公園で、様々な大道芸を楽しむことができます。

 

世界17ヵ国から104組のアーティストが参加していて、街の中を歩いているとあちらこちらに人だかりができています(ここは事務所の近くです)

 

26年目となって観光客の数も年々増えていき、今では静岡市内のお店やホテルにとっては欠かせないイベントになっているようです。

 

一度、静岡市に観光に行こうと思われている方にはお勧めですが、ホテルの予約を早めにする必要はありそうです。

 

さて、今週の7日(火)に高齢者を青酸で4人殺した青酸連続変死事件の被告人に対して京都地方裁判所て死刑判決がありました。

 

複数の新聞記事から事件の経緯を見ていると、
「間接的な証拠しかなく、自白があれだけ揺らいでいる中で、よく4件全部について殺人の既遂を認定できたな」
というのが私の印象です。

 

もっとも、死刑判決ですから、さすがに大阪高裁に控訴はするのでしょう。

 

この事件でちょっと話題になったのがNHKの報道の先走りです。

 

NHKは、この事件の判決で裁判長が主文を言い渡す前に、TVで「筧千佐子被告に死刑」との字幕(テロップ)を流しました。

 

主文が言い渡されたのは午前11時45分頃でしたが、テロップが流れたのはその10分ほど前だったとのことです。

 

どうして、そのようなことが起きるのでしょうか?

 

刑事事件の判決を大きく分けると、①主文②理由の二つに分けられます。

 

主文は、言い渡す刑の結論部分です。

 

例えば
「被告人を死刑に処する」
「被告人を懲役8年に処する」
というような短い結論が主文です(この結論に付け加えて言い渡すこともありますが、ここでは省きます)。

 

そして結論だけでは、被告人も弁護人もどうしてその刑になったのか分からなくて困ります。

 

控訴・上告で上の裁判所でもう一度審理してもらうべきか?などを判断するのにも理由は大切です。

 

そのため、判決ではその主文の結論に至った理由を、
・罪をどのような証拠と判断で認めたのか? → 事実認定
・どうしてその重さの刑にしたのか? → 量刑
の2点から説明していきます。

 

そして、普通の刑事事件では、まず主文を先に言い渡します

 

その後に、どうしてその結論になったのかの理由を言い渡していきます。

 

その方が被告人にとっても、弁護人・検察官・傍聴人にとっても分かりやすいですよね?

 

ビジネスでも「結論から先に言うべき」と言われるので、その方法が正確に早く伝わるということなのでしょう。

 

但し、刑事事件の判決では例外があります。

 

それは死刑判決です。

 

被告人の立場に立ってみて下さい。

 

自分に対して先に「死刑に処する」と言い渡されてしまったら、頭の中が真っ白になって、その後の理由を聞き取れないのではないでしょうか?

 

そのため、刑事事件の慣行としては、死刑判決を言い渡すときには、理由から先に言い渡して、最後に「死刑」という主文を言い渡すことが多いのです。

 

逆に言うと、検察官が死刑を求刑している事件で、裁判長が判決を理由から話し始めたら死刑が予想されるということになります。

 

そのため、4人も人を殺したことが争われている事件で、裁判長が理由から言い始めたら、慣れている記者ほど「死刑だ!」という判断を先行しがちです。

 

傍聴していたNHKの記者も、裁判長が理由から話し始めた時点で「死刑」というスクープで頭が一杯になっていたでしょう。

 

そのため、しっかりと主文が言い渡されるまで待っていられなかったのだと思います。

 

もっとも、私の経験だと、無期懲役を言い渡すときにも理由から言い渡すこともありますので、必ずしも主文が後回しでも死刑とは限りません。

 

判決の言い渡しが理由から始まると、主文を待たずに記者の人達が傍聴席から何人も飛び出していくのを見たことがありますが、人ごとながら「大丈夫かな?」と思ったことがあります。

 

よくよく考えると、無期懲役のときだって、被告人が「死刑じゃなかった」と気が緩んで、判決の理由をいいかげんに聞かれても困りますよね。

 

結局、裁判長としては、被告人に理由をしっかりと聞いてもらいたいときに、主文を後回しにするということなのでしょう。

 

 

刑事弁護についての基礎知識についてはこちらをご参照ください。

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無期懲役刑って本当に無期限?

ヤフーニュースを見ていたら、「おじさんLINE」という名前で女子高生などにからかわれているスタイルのライン投稿方法があるようです。

 

おじさんの特徴的なライン投稿のクセをまねした投稿を友達同士でやって笑っているとのこと。

 

その特徴としては、

絵文字や顔文字、スタンプを乱発すること

それほど親しくないはずなのに毎日メッセージを送ってくること

相手の生活の様子を知ろうとするかのような質問をならべること

句読点が多く文が長いこと

すぐに食事などへ誘うこと

などだそうです。

 

「句読点が多い」という点には私もドキリ。

 

読みやすいだろうと思うことで、かえってオジサンLINEになってしまうとは・・・

 

でも、よくよく考えたら私は本当に「オジサン」なので、オジサンLINEとなるのはむしろ自然かもしれませんね 笑

 

さて、依頼者の方の雑談や学生から時折受ける質問として
「殺人を犯しても無期懲役になるけれど、実際には刑務所から出てこれるんですよね?」
というようなものがあります。

 

まず、無期懲役刑というのは刑期が終身にわたるもの、つまり刑務所に入ったら死ぬまで出られないという刑です。

 

といっても、刑務所を出る手段はあります。

 

それは「仮釈放(かりしゃくほう)」という手続です。

 

受刑者が無期懲役刑で刑務所に入って10年が経過すると、全国8か所にある地方更生保護委員会という組織に仮釈放の申請をすることができます。

 

これだけを知識として持っていると、「人を1人殺すくらいだと10年で刑務所を出てこられる」という誤解をしかねません。

 

しかし、仮釈放がみとめられるのは10年経過しただけではダメで、更に「改悛の状(かいしゅんのじょう)」(犯罪を十分に反省して再犯しないと認められること)があることが必要です。

 

そして、実際の運用としては、最近の4年間では平均で約31年経過していないと仮釈放されていません。

 

もっとも、これは「無期懲役刑でも31年受刑すれば出てこられる」という意味ではありません。

 

なぜなら、31年経過したから出られたのではなく、「改悛の状」つまり反省と更生の可能性が認められたから出られているからです。

 

刑務所で31年間監視し続けられながら「この人は犯罪を心から後悔していて、今後は犯罪を犯さないだろう」と認めてもらうのは相当難しいです。

 

そのため、無期懲役刑の受刑者を見ると、毎年、仮釈放される人の数より、刑務所で死亡する人の数の方が多いのです。

 

例えば、
平成26年には仮釈放者が6人に対し、獄中死している人は23人
平成27年には仮釈放者が9人に対し、獄中死が22人
となっています。

 

そして、誰も刑務所になんかいたくないでしょうから、30~32年程度で多くの無期懲役刑の受刑者は仮釈放の申請をしているようです。

 

このとき、仮釈放されないと獄中死の可能性が極めて高くなります。

 

例えば、平成27年では、39年・40年・42年と3人の長期収容者の仮釈放申請がありますが、全て不許可となっています。

 

例えていうと、大卒採用の新人が60才で一旦定年退職するまでと同じくらいの長さ刑務所にいても、仮釈放は許されないことになります。

 

いずれの収容者も殺した人は1人であるため、他の仮釈放された人と比べての判断でしょう。

 

そして、このように不許可となる人は、ざっと仮釈放の審査を見ていくと全体の4分の3にわたります。

 

そう考えると、無期懲役刑になった場合、仮釈放で出所する人の3倍くらいの人が刑務所に入ったまま人生を終えているということになります。

 

そして、仮釈放で刑務所を出られたからといって完全に自由ではありません。

 

あくまで、「仮」の釈放ですから、一生保護観察に付されて、何か違反したら刑務所に逆戻りです。

 

また、現時点で出所した受刑者は30年以上のインターネットすらない時代に収容されていますから、現代社会についていくことは難しいでしょう。

 

出所しても職を持って働くことは非常に難しい上、友人や親戚の援助や交際を復活できる人は希です。

 

いずれにせよ仮釈放後の人生は茨の道です。

 

やはり仮釈放以前に、無期懲役刑になるような犯罪が起きない社会を作っていくことが大切なのでしょう。

 

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事業承継の難しさ

この前の日曜日は、ヤマハジャズフェスティバルの最終日ということで、浜松駅前のアクトシティ・大ホールに聴きに行ってきました。

 

新幹線の方の浜松駅に、ぬいぐるみと楽器(ヤマハ)が置かれていました。

 

かわいらしい姿と変わった楽器につい足を止めてパチリ。

 

ライブでは、
①テナーサックスの三木俊雄
②ブラジルのボサノバ・サンバで有名な小野リサ
③ジャズをオーケストラで奏でる挟間美帆
と三者三様の雰囲気でした。

 

話をきいていると、今年は有名なジャズミュージシャンの節目の年(セロニアス・モンク[ピアノ]の生誕100周年、ジョン・コルトレーン[サックス]没後50年)だそうです。

 

アンコールでは、登場したミュージシャンがミックスセッションをしてくれて「この場でしか聴けない音楽」をプレーしてくれました。

 

いつも理詰め理詰めで疲れ切った脳が少しほぐされたように感じます。

 

さて、少子高齢化で中小企業では事業を受け継ぐ人がいなくて困っている傾向があると聞きます。

 

いわゆる経営者から後任者への事業承継の問題ですね。

 

経営者からの事業承継というと、会社の経営者が変わることだけのように思えます。

 

しかし、中小企業の場合、会社が経営するための資産は全て会社所有ではないことが多いので、会社の社長個人の相続が関係するため難しい問題が生じます。

 

例えば、〇〇工業株式会社のX社長が、会社の事業を長男Aに譲りたいと思ったとしましょう。

 

〇〇工業株式会社の代表取締役をAに変えるだけであれば、X社長が過半数の株式を持っていれば問題なくできます。

 

しかし、先ほどご説明したとおり、中小企業の〇〇工業株式会社の工場の土地・建物はX社長の個人所有であることも多いです。

 

また、会社の株式のほとんどをX社長が保有しているでしょうから、この「株式」それ自体がX社長の個人所有の財産ということになります。

 

この場合、X社長の配偶者(妻)Yや二男C、長女Dがいた場合には、先ほどの土地・建物や株式は代表取締役となるBだけでなく、Y・C・Dも相続することになります。

 

X社長が遺言で「会社用の財産・株式を全て長男Aに相続させる」と書いたとしても、妻Y・二男C・長女Dが遺留分という権利を主張してくれば、全て長男Aが相続することはできません。

 

そんな遺言を書くこと自体、不公平だと言われて相続争いになってしまいそうですよね。

 

そのため、X社長は生前に会社に関係する自分の資産をどのように分けるかを考えておかなければならないのです。

 

その他にも、

相続人に相続税を支払うだけの現金があるのか?

X社長が会社の借金について連帯保証人になっていた場合(ほとんどの場合、なっています)には、長男Aが連帯保証人になることで、X社長が抜けられるのか?

など、検討しなければならないことは山積みです。

 

事業承継については、どうしても税金のこと、株式の価額のことなどがからむことから税理士の関与は必須です。

 

更に、経営権をX社長がしっかりと譲りたい人に譲って、後の経営に支障が生じないように法的ガードするという点では弁護士の関与が必須です。

 

その意味で、事業承継を適切に行うためには、その経験のある弁護士と税理士とが協力してやっていく必要があります。

 

このように、専門業種が複数協力しあわないと適切な処理ができないので、より対応を複雑にしているのですね。

 

「企業法務とビジネス」の過去記事はこちら 

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法律のセンス

秋雨が降り始めて、急に冷え込んでくるようになりましたね。

 

これからは、着るものにも注意して体調をくずさないように十分お気をつけ下さい。

 

先週、全国に支店を持つ弁護士法人が、東京弁護士会から業務停止2ヵ月の懲戒処分を受けました。

 

東京弁護士会の相談ダイヤルには「弁護士法人の本部に電話がつながらない」「支払った着手金や預けたお金は返ってくるのか?」という電話が殺到しているとのことです。

 

やはり自分が訪問できる距離に事務所の本拠がないと、依頼した後に大変なことに巻き込まれる危険があるということです。

 

これも、弁護士増員による過当競争の結果、弁護士業務がビジネス化しすぎていることから来るゆがみでしょう。

 

弁護士を大幅増員してきたことで、相談する方、依頼する方の選択肢は増えましたが、選択するリスクの負担も相談者・依頼者の側に負担してもらうことになってきているという印象を受けました。

 

さて、「センス」という言葉は、どの分野でも言われますよね。

 

例えば、絵のセンス、楽器のセンス、野球のセンス、サッカーのセンスなど芸術・スポーツ分野では当然のように言われます。

 

でも、普通の仕事でもセンスってありますよね。

 

例えば、営業のセンス(営業方法によって変わりそうですが)、パソコン操作のセンスなどなどです。

 

そして、法律の分野でもセンスはあるようです。

 

私の経験だと「法律を学ぶセンス」「法律を使うセンス」は異なるように感じます。

 

「法律を学ぶセンス」は、大学の試験や司法試験である程度測ることができるのですが、「法律を使うセンス」は実務修習や実務につかないと判断するのは難しいです。

 

歌にたとえて言うと、「歌を上手くうたうセンス」と「歌で人を感動させるセンス」の違いというところでしょうか。

 

サザンオールスターズの桑田佳祐は、上手く歌をうたっているかというと???ですが、歌で人を感動させているか?というと多くの人がYesと答えるでしょう。

 

私も大好きな曲が沢山ありますが、それは歌が上手いという理由でなく、心に響くという理由からです。

 

(なお、音楽は好き嫌いが激しいので、桑田佳祐が好みでない方はご自分の好きなミュージシャンを例にしていただければ。)

 

結局、歌も法律もそれ自体に価値があるものではないですよね。

 

歌が人の心を動かしたり、法律を使って人を助けられたりして初めて社会的価値が生まれるものです。

 

ですから、法律において言えば、「法律を学ぶセンス」よりも「法律を使うセンス」の方が社会にとってははるかに有益だということになります。

 

どうしてそんなことを考えたかというと、民事裁判手続(出版:学陽書房・裁判官と弁護士の共著)という本の中で、裁判官が「法律を使うセンス」について書いていたのを読んだからです。

 

この裁判官によると、弁護士が裁判所に提出する書面で、法律をどのように適用してきているかで法的センスの差が分かるというものでした。

 

易しい例でちょっと考えてみます。

 

AさんがBさんに建物を賃貸していたら、借主が家賃を長期にわたって払わなくなったので契約を解除したとします。

 

当然、AさんはBさんに「建物を明け渡して返せ」と請求しますよね。

 

賃貸借契約を解除したので、AさんはBさんに建物を貸す理由がないことになるので「返せ」というわけです。

 

これを訴訟で行う場合、

① Aさんの所有権に基づいてBさんに明渡請求するか?

② ABの間の賃貸借契約が解除されたことを理由に明渡請求するか?

の2つの方法が理屈では考えられます。

 

どちらも法律的には間違いではありません。

 

しかし、その裁判官が言うには、①の訴状を作るのは法的センスに問題がある弁護士だということになるようです。

 

私自身も、この事案で①は直感的に選択には入れないと思うので、同感です。

 

よくよく「どうして?」と自分で振り返ると、①で訴状を作ったら私も裁判所も明らかに争点の把握がしづらくなるというのが理由です。

 

その本では、専門用語でより分析的に説明してありましたが、こういう理屈を法律文献で勉強しないと分からないのではダメで、ここは直感的に分かるようにセンスを磨かなければいけないと説明してありました。

 

皆さんは、法律というと、勉強をすれば(しかも暗記をすれば)するほどできるようになるかのように勘違いされているかもしれません。

 

でも、どの分野でも専門家であれば分かると思うのですが、本で勉強したり人に教わっているだけでは良い仕事はできませんよね。

 

その専門分野でセンスがある人は、センスがない人を短い期間であっさりと追い越してしまうのが、どのプロの分野でもあります。

 

法律の分野でも、勉強や経験の積み重ねだけでなく、もともと持っているセンスやそれを磨く努力が大切になるのでしょう。

 

皆さんが弁護士を選ぶときに、法律を使うセンスのある弁護士をうまく選べれば良いのですが、検索エンジンやポータルサイトでは検索できません。

 

ただ、法律を使うのが上手いということは、法律の使い方を相談者に上手く伝えられるということにもつながります。

 

やはり、法律相談で分かりやすかったり、弁護士に依頼した経験のある人の口コミ・評判が一番確実と言えるでしょう。

 

 

「弁護士のお話」の過去ブログ記事についてはこちらをご参照ください。

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しぞーかおでん

涼しい日や暑い日が予測なく来るので、半袖と長袖の選択を間違えて「しまった!」と思うことが多い毎日です。

 

アメリカのラスベガスでは、恐ろしい銃乱射事件が起きていますが、それでも銃規制は簡単には進まないようです。

 

全米ライフル協会という強い支持層を持つ共和党が政権を握っているので、より難しい状況なのでしょう。

 

さて、先月の25日に、静岡商工会議所ホームページ制作支援セミナー2017のパネリストにお呼ばれして行ってきました。

 

今年、ホームページの最優秀賞をとった清水銀行と、優秀賞をとった9社の中の3社(おでんやおばちゃん、駿河工房㈱、花みずき法律事務所)に選んでいただいたとのことで光栄でした。

 

65人くらいの経営者や営業担当者の方の前でお話するということで、「下手な話はできないな」と一生懸命準備していきました。

 

本番では、清水銀行、駿河工房㈱のお話も非常に参考になりました。

 

ただ、皆さんに面白いと思って頂けるホームページとしては、やはり「おでんやおばちゃん」だと思います。

 

静岡県外の方もご覧頂いていると思うので、しぞーかおでんについてまずご説明しておきます。

 

静岡では私の子供の頃から駄菓子屋でお小遣いでおでんを買って食べるのが普通でした。

 

そのおでんのスープは非常に黒い色で、具としても牛すじや黒はんぺんという珍しいものが入っていました。

 

もちろん、私は静岡が日本の標準だと信じて疑わなかったので、器の底まで見えるようなスープや牛すじも黒はんぺんも入っていないおでんというのは理解の範囲外でした。

 

後に、大学に進学して東京で一人暮らしをするようになって、「黒はんぺん」と言ったら、友人から「はんぺんに白も黒もないぞ」と言われて驚いた記憶があります。

 

静岡って中途半端に東京に近いので、自分たちが日本の標準だと誤解することって結構あるんですね(笑)。

 

ということで、今では有名になってきた「しぞーかおでん」のお店が沢山はいっているおでん横丁というのが静岡市内にあります。

 

私が以前勤務していた法律事務所がその横丁の真ん前で、何時も夕方6時頃になると楽しそうに横丁で飲んでいる人たちを見ながら「いいな~」と思いながら仕事をしていました。

 

その横丁に出店しているお店の一つが「おでんやおばちゃん」です(よかったらクリックしてホームページをのぞいてください)。

 

見ていただいて、色々な楽しい工夫がされていて、それがまた行ってみたいという気持ちにさせるところがいいですね。

 

世界共通の日本の文化であるマンガを上手くつかっているところ、静岡の横丁のおでんやさんが多言語を使っているところ、アイデアが面白いです。

 

海外の方も来られるようですが、意外にもお酒を飲まないのだそうです。

 

「おでんは食べるもので、お酒のつまみではない」という感覚のようです。

 

そこは日本人とちょっと違うところですね。

 

アクセスのところでも「静岡駅からスキップ12分」となにげに書いてある言葉も楽しいです。

 

私の事務所の場合、スキップして来られる方はほとんどいないと思うので、決してマネはできませんが・・・

 

ただ、多言語化とまでは言わなくても、日本でユーザーが多い外国語のページは法律事務所でも作ってもいいかもしれません。

 

お店のマスターとお話したところ、結構「思いつきで」なんて言われていたので、やはりアイデアマンということなのでしょう。

 

今度、私も是非お邪魔してみようかと思います。

 

お店に興味をもたれた方は、是非おでんをつまみに一杯。

 

 

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総選挙と憲法改正

衆議院が解散され、10月22日には総選挙が行われることになりましたね。

 

政党によって主要な争点の主張が異なっているようです。

 

私としては、仕事がら憲法改正が非常に気になっています。

 

そこで、今回、今度の選挙と憲法改正について考えてみました。

 

ご存じの方も多いかもしれませんが、憲法は日本の国の唯一の最高法規であって、これに違反する法律は全て無効となる法の王様です。

 

つまり国会が多数決で法律を作っても、憲法に違反したら、裁判所で全て無効と扱われてしまうのです。

 

憲法の最大の目的は、
第二次世界大戦時の日本や
ヒトラーの現れたドイツ
のように、誤った多数決による国家権力を抑制して私たち国民の権利を守ることにあります。

 

例えば現在では、アメリカの失業率や景気がもっと深刻であれば、トランプ大統領が圧倒的多数決で選出されて、過去と同じ過ちに走った可能性もあります。

 

私たちの個人の権利を「自宅」にたとえると、憲法は「玄関の鍵」のような役割と言えるでしょう。

 

悪い人がいなければ必要ないのですが、万が一の危険を防ぐために必要なものということです。

 

鍵をいくつもつけてしまったのでは、出入りするときに不便です。

 

かといって、盗難に弱すぎる鍵では怖くて眠れません。

 

どの程度の鍵が妥当なのか?というのが憲法改正の判断と似ていると思います。

 

そして、私たち自身の家の鍵ですから他人(国会議員)に勝手に付け替えられては困ります。

 

そこで、憲法改正は、国会で発議した上で「国民投票」といって、私たち自身が改正すべきかどうかを最終的には私たちの投票で決めていくことになります。

 

では皆さん、憲法で最も大切な条文って何だと思いますか?

 

日頃の報道では平和と戦争の放棄をうたった9条ばかりが取り上げられていますね。

 

仮に、弁護士・裁判官・検察官など法律を実務で取り扱う人に「憲法で一番大切な条文を一つだけあげてください」というアンケートをとったら、9条はそれほど上の方に来ないと思います。

 

私の予想だと、上位を占めそうなものとして、
①前文(国際平和など憲法の理念を詳しく述べているもの)
②13条(個人の尊重・幸福追求権)
③15条(投票権)。
④21条(集会・結社・表現の自由・検閲の禁止)
⑤31条(法内容・手続の適正の原則)
⑥96条(憲法改正手続を厳しく定める条文)
あたりでしょうか。

法曹が専門家ぶっているのではなく、憲法上あくまで9条というのは手段であって目的ではないからです。

 

戦争の放棄や自衛隊を定めるかは手段の問題で、それによって私たち国民の生命・身体の安全や平和を守ることが目的ですよね。

 

憲法の目的はあくまで権力を適正な範囲で抑制して私たち国民の権利を保護することです。

 

ですから、憲法9条も
「国会が自衛隊の活動などを法律で定められる範囲を制限して、国家権力を抑制すること」(手段)
によって、私たちの平和な生活(前文・13条)を守ろうとするものなのです。

 

そして私達の権利を直接守る規定や直接的な制度は、
簡単に憲法を改正させないこと(96条)
人権を侵害するような内容の法律を作らせないこと(31条)
ヒトラーのようなおかしな政治家が現れたら、それを私たちの世論と選挙で反対していくこと(15条・21条)
なのです。

 

ですから、仮に9条がそのまま維持されたとしても、私たち国民の上の①~⑤の権利が法律で簡単に制限できるように憲法が改正されてしまえば、一時の愚かな与党の判断で戦争への道を行くことは容易なのです。

 

私が個人的に最も重要だと考えている条文は、21条(表現の自由)です。

 

今回の憲法改正では9条ばかりが騒がれていますが、各党の改正の考えには9条以上に重要な改正が含まれていると私は考えています。

 

明確に憲法改正草案を打ち出している自民党を例に見てみると、21条(表現の自由)について怖い案が出されています。

 

現在の憲法は21条1項をこう定めています。

 

「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」

 

これに対して、自民党の憲法改正草案ではこれに2項を新設して以下のように定めています。

 

「前項(1項)にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。」

 

現在の憲法の条文上では無制限で表現の自由を保障していますが、決して何でも表現して良いわけではありません。

 

例えば、名誉毀損罪が刑法で定められているように、憲法で保障された別の人権である名誉・プライバシー(13条)を害する表現については、表現の自由(21条)も制限されることに争いありません。

 

つまり他人の人権を侵害してまで、自分の人権を貫くことはできないのです。

 

ですから、今でも指定暴力団やオウム真理教など明らかに目的を違法とする結社や活動は法律で制限できます。

 

では、それ以外に「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動」や結社を制限する必要があるのでしょうか?

 

私にはとても必要があるとは思えません。

 

そして、もし現在の自民党草案のとおり21条が改正されれば、制限の必要性の判断は、私たち国民の手から離れて(法律を制定できる)その時々の与党に持って行かれてしまいます。

 

もし、ヒトラーのような政治家が現れたら、今回の私のブログでの意見発表は「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動」として間違い無く処罰されることになるでしょう。

 

明日にはゲシュタポあたりに勾留されて静岡中央警察署か静岡刑務所内の拘置所に入っていそうです(笑)。

 

これに対して、希望の党のように、憲法改正について争点と言いながら、どの条文をどのように変えたいのかすら示さないで何となく選挙に突入することもどうかと思います。

 

「そんな未成熟な急ごしらえの政党で政権をとるつもりだろうか?」
と個人的には不安を感じます。

 

だからといって、国の最低限の防衛に加えて国際平和貢献についても十分考えなければならない時代に、共産党のように、ただ「9条改正反対。自衛隊は違憲だ。」と主張し続けているのにも違和感を感じます。

 

私は固定的に指示する政党を持たないので勝手なことを言っていますが(支持する政党を持つ方に不快な思いをさせていたらすみません)、憲法改正を考える情報が絶対的に不足していることは確かだと思います。

 

少なくとも、マスコミには、何条をどのように改正するつもりなのかを個別に分かりやすく報道して欲しいですね。

 

その結果、私たちがしっかりと考えられる状況の中で、条文1個ずつ国民投票にかけていくことを期待しています。

 

「憲法のお話」のブログ過去記事についてはこちらをご参照ください。

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土地や建物の本当の価値って?

最近、「愛してたって秘密はある」というドラマ(日本テレビ系列)の本当の最終話が、Hulu(フールー)という有料オンデマンドで放映されていると話題になりました。

 

ちょっとズルい気もしますが、Huluは2週間無料体験ができるので、インターネットから登録さえすれば見ることができるそうです。

 

私はドラマを観ていなかったのですが、話題になったのでHuluに無料体験で登録して最終話だけ観てみました。

 

福士蒼汰が演ずる主人公が司法修習生というのは、ミムラが主演だったビギナー以来のように思えます。

 

実はこのドラマ、私にもメリットがあります。

 

それは、実務修習で担当している司法修習生を、依頼者や相談者の方に説明するのが少し楽になったことです。

 

結構、ドラマに助けられている感が大きいですね。

 

もっとも、ドラマを観ていたという方には「二重人格ではありませんので」と言いわけする必要も生じてしまいましたが 笑

 

さて、裁判や調停では、土地や建物の価値をめぐって解決が長引くことがあります。

 

例えば、遺産分割調停で亡くなった親の土地・建物が遺産に入っていたとします。

 

その土地・建物に長男家族が住んでいたとすれば、遺産分割で取得したいと考えるでしょう。

 

長男の子供が小中学校に通っていたり、近所の人と仲良くしていた場合には、引っ越すことはためらわれます。

 

かといって、長男だけに土地・建物を全て相続させてしまったのでは、他の相続人、例えば二男にとって不公平です。

 

そこで、長男が実家の土地・建物を全て取得する代わりに、二男に法定相続分(2分の1)に相当するお金を支払うという解決方法がとられます。

 

このとき長男から二男に支払われるお金のことを「代償金だいしょうきん)」といいます。

 

この代償金の額は、結局実家の土地・建物の価値の2分の1になるわけですから、「土地・建物がいったいいくらなのか?」が争いになるのですね。

 

長男からしてみれば、二男に払うお金は少ない方が良いので、例えば

「土地・建物の固定資産税の評価額は1,000万円の価値だから500万を二男に払う」

と主張したとします。

 

これに対して、二男としては、

「実家のある場所は、住宅街としだて人気が高い所だから少なく見積もっても2,000万円で売れるはずだ」

「不動産業者の査定でも2,000万円を越えている。だから、自分に払われる代償金は最低でも1,000万円だ」

と主張していきます。

 

つまり、長男は土地・建物が安い方が得なので出来るだけ安い評価をした資料を提出し、二男は高い方が得なので、高い評価をした資料を提出するわけです。

 

そこで、裁判所の手続で
「土地・建物の本当の価値はいくらなのか?」
が問題となるのです。

 

しかし、私が破産管財人として不動産を売却したり、全日本不動産協会の講師や相談の時に不動産業者の方と話しをすると、土地・建物(不動産)には「本当の価値」はないことがわかります。

 

結局、不動産の価値は需要と供給の関係で決まります。

 

欲しい人が多いタイミングで得れば高く売れますし、そうでない場合には安くなってしまします。

 

例えば、東日本大震災が起きる前は、海の近くでも潮風で建物や自動車がさびるほど近くなければ、特に問題なく売れていました。

 

ところが、あの津波の衝撃的な映像の影響でしょう、それ以降は「海に近い」というだけで売れなかったり、極端に価格が安くなってしまいます。

 

しかし、裁判所の手続で「不動産の価値は分からない」で終えてしまうと、遺産分割など紛争が解決できません。

 

そこで、妥協案として「鑑定かんてい)」という方法がとられます。

 

これは、当事者(先ほどの例で言うと長男と次男)とは無関係な不動産鑑定士に裁判所から不動産の価値を鑑定してもらって金額を定めます。

 

もっとも、不動産の評価は水物ですから、この不動産鑑定士の評価が長男に有利になるか?二男に有利になるか?が読めません。

 

更には、不動産鑑定士の報酬はそれなりの高額になりますが、その負担は当事者がします

 

ですから、できれば鑑定には進みたくないのが代理人となった弁護士の本音です。

 

そのため、長男が1,000万円、二男が2,000万円と譲らないのであれば、やむを得ず1,500万円でお互いに妥協するという方法がとられます。

 

裁判手続といっても、民事事件は刑事事件と違って真実発見よりも、当事者の紛争解決の方が重視されますので、当事者が価格に合意すれば、裁判所としてもそれを最大限尊重します。

 

結局、土地・建物(不動産)の価格は、裁判になっても妥協した額になることが多いのです。

 

 

不動産トラブルの基本知識についてはこちらをご参照ください。

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カテゴリー: 不動産のトラブル |

弁護士の負けず嫌い

台風は予報と違って静岡には大きな被害はもたらしませんでしたね。

 

被害にあわれた地域の方々は大変でした。

 

今日は台風一過の好天になっています。

 

さて、弁護士の仕事が勝負の世界なのはご存じだと思います。

 

そのため、弁護士には負けず嫌いの人が多いようです。

 

その現れ方は弁護士によっても違います。

 

正しい現れ方は、自分の勝ち負けではなく、依頼者のためになる勝ち負けを気にする「負けず嫌い」でしょう。

 

時折、依頼者が

「もう争いに疲れましたから、この金額で和解して終わってもいいです」

と言っているのに、弁護士がこんな所で妥協すべきではないと言って依頼者の希望を無視するケースがあります。

 

これだけ聞くと「とんでもない!」と思われるかもしれません。

 

ただ、これは非常に難しい面があり、一概に正しいかどうかを決めつけることはできません。

 

なぜなら、弁護士としては、依頼者が「戦って下さい」と言えば戦って、「もう和解してください」と言えば和解するというのは一番楽な方法だからです。

 

この方法でやっていれば、どんな結果になろうと「あなたの言ったとおりやったでしょう」と最後の手段として言えるからです。

 

この方法でも、依頼者に法律的な問題点、判例の考え方、裁判所の判決予測などの全てを説明して理解してもらった上での判断に従うのであれば構いません。

 

でも、それって専門的な知識が基礎にないと理解できないので無理ですよね?

 

逆に、依頼者そっちのけで意地を張られても困ります。

 

例えば、どうしても事件で負けるのが嫌いとか、相手の弁護士や当事者と喧嘩して弁護士が感情的になっているような場合が考えられます。

 

つまり、弁護士は負けず嫌いでなければいけませんが、それは主観的なものではなく、「法律の専門家として依頼者をどれだけ助けているか?」という観点からでないと困るのです。

 

その観点から言うと、依頼者が「もう紛争を終えたい」と言った時に、過去の経験や判決予測から妥当な落としどころの範囲内であれば、そのまま受け入れるのが良い弁護士でしょう。

 

これに対して、どう考えてもここで和解するよりも判決(場合によっては控訴)の方が有利だという場合には簡単には受け入れないのが良い弁護士だと思います。

 

依頼者に対して、「ここで妥協するのは弁護士としてはお勧めできません。」と意見を言って、依頼者の気力が持てばもう少し頑張って戦うべきだと思います。

 

負けても平気な弁護士は根本から問題がありますし、負けず嫌いでも
「誰のために戦っているか?」
を忘れた弁護士は法律の専門家ではありません。

 

私が新人弁護士のときは、まずこの感覚をつかむようになるまで2~3年修行が必要だったので、ここも特殊な職業だと思うところです。

 

 

「弁護士のお話」の過去ブログ記事についてはこちらをご参照ください。

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カテゴリー: 弁護士のお話 |

警察が違法な捜査をすると無罪になる?

先週のサッカー日本代表がオーストラリアに勝利してロシアワールドカップ(来年6月開催)出場を決めて良かったですね。

 

昔(例えば、日産の木村和司がエースだったころ)は、アジアから1チームしか出場できなくて、いつも韓国に負けて出場できませんでした。

 

今では、当事者としてワールドカップを応援するというぜいたくに慣れてしまって、日本代表抜きでのワールドカップは考えたくない気持ちになっています。

 

ということで、来年のサッカー・ワールドカップがより楽しみになりました。

 

さて、警察が違法な捜査をやってはいけないというのは、多くの方も感覚で分かっているかと思います。

 

弁護人が警察の捜査が違法であることを主張して、無罪を主張することも最近では増えてきました。

 

でも、良く良く考えるとヘンですよね。

 

警察の違法な捜査を受けた被告人は確かに気の毒ですが、それは単に担当した警察官が悪いだけであって、被告人の罪が消えるわけではないですよね。

 

では、弁護人はどうして無罪の主張をするのでしょうか?

 

今週、9月6日(水)の大阪地裁で出た判決でも、警察の捜査の違法性が争いとなりました。

 

被告人は、大阪市内で覚せい剤を所持していて、それを自分で使用したということで逮捕され、裁判にかけられました。

 

ちなみに、覚せい剤の使用方法には、炙り、吸引、粘膜接種、注射の4パターンのいずれかがポピュラーです。

 

余り詳しく書くと怒られそうなので、省略しますが、いずれの方法でも覚せい剤の「使用」として犯罪となります。

 

今回の被告人も、危険な覚せい剤を所持して、使用していました。

 

被告人が逮捕されたきっかけは、路上での職務質問です。

 

職務質問とは、犯罪に関係ありそうな人に対して、任意に警察官が質問をするという捜査方法です。

 

警察官が被告人に対して、職務質問をしたところ、おそらく所持品を見せることを拒否したのだと思います。

 

ちなみに、職務質問は任意なので、拒否は適法です。

 

例えば、夜、自転車で走っていて警察官から質問された経験がある方もいると思いますが、これは強制ではないので例えば所持品を見せるのを拒否しても良いのですね。

 

ただ、拒否すると結構面倒くさいことになります。

 

他の警察官を呼ばれて取り囲まれたりするのです。

 

この事件でも、約10人の警察官が被告人の進路に立ちふさがって、被告人を移動しにくくした上で、逃走した被告の腕をつかむなどして引き戻しています。

 

さすがに、腕をつかんで引き戻せば「任意」とは言えないでしょう。

 

そのため、この捜査方法は違法です。

 

でも、被告人が覚せい剤を持っていたのは事実ですし、おそらく尿検査で使用していたことも科学的に証明できたのでしょう。

 

ここで、刑法ではなく、刑事訴訟法という法律が登場します。

 

刑事訴訟法というのは、犯罪を裁く手続を定めた法律です。

 

この法律を最高裁が解釈したときに、

①捜査方法に令状主義の精神を没却するような重大な違法があり

②これを証拠として採用することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合

においては、その捜査で得た証拠は裁判で利用できないとしました。

 

結果的に犯罪を犯していれば、どんな違法な捜査方法をしても構わないということになると、「拷問して自白させてしまえ」という考えに結びつきます。

 

強大な権力を有する警察などの捜査機関に対しては、捜査の手続においても私達の権利が護られるようにしなければなりません。

 

そのためには、先ほどの最高裁の判例のように、私達の権利を守るための令状主義(裁判官の令状がなければ逮強制捜査ができないこと)に違反する捜査を前もって防止する必要があります。

 

そこで、最高裁は、捜査機関にとっては最も痛い結果を取ることで、違法捜査の抑制をする決断をしました。

 

つまり、捜査機関がいくら一生懸命犯罪をみつけてきても、その捜査方法に重大な違法性があれば、証拠はすべて裁判では認めないとしたのです。

 

さて、今回の職務質問は違法ですが、私達の人権を侵害するような重大な違法性があるでしょうか?

 

自分が被告人の立場に立って想像してください。

 

夜、自転車で走っていたら警察官に呼び止められて、所持品の確認を求められたときに、他人に見られたくない物を持っていたので拒否したとしましょう。

 

すると、約10人の警察官が皆さんの進路に立ちふさがって、皆さんが移動しにくくして、やむを得ず走って逃げようとしたら腕をつかんで引き戻したということです。

 

こんな場面で、所持品の開示を拒否し続けられる人は、弁護士のように法律や判例を知っている人などの少数派だと思います。

 

(私は、弁護士という立場で拒否をするのは何か気がとがめるので、逆に弁護士になってから所持品検査に素直に応じるようになりましたが)。

 

今回の事件では被告人が本当に覚せい剤を持っていたから良いのものの、持っていなかった場合には重大な人権侵害になりそうです。

 

実際には、警察は、被告人の前科など色々な情報を前提に、確信をもって所持品の開示を求めているとは思います。

 

しかし、これを良しとした場合、一体、警察の職務質問はどこまで許されるのか不明確になりそうです。

 

ここで、大阪地裁の判決は玉虫色の判断をしました。

 

つまり、捜査機関の職務質問や捜査方法は違法だけれど、「重大な」違法ではないから、そこで得た覚せい剤などの証拠は裁判の証拠として認められるとしたのです(最高裁の判例は上に書いたとおり重大な違法に限定しています)。

 

私は弁護人の立場になるからなのか、どうしても違和感を感じてしまいます。

 

「結果的に証拠さえみつければ、警察官は、合理的な理由も令状もなく、私達一般市民の腕をつかんで引き戻しても構わない」というのはちょっと怖いように思えます。

 

皆さんの感覚としてはどうでしょうか。

 

考える素材としては、興味深い判決ですね。

 

 

刑事弁護についての基礎知識についてはこちらをご参照ください。

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カテゴリー: 刑事事件のお話 |

無印良品と似た商品を売ってはダメ?

最近になって、朝夜が少し涼しくなってきましたね。

 

私事ですが、今週、静岡市内で開催された渡辺貞雄(サックス奏者)のライブに行ってきました。

 

ナベサダの愛称で1970年代からCMなどで活躍していたので、昭和生まれの人には有名人だと思います。

 

客席から見渡すと私なんか若造の部類で、J-POPはもちろん、普通のJAZZのライブよりも年齢層が高かったように感じました。

 

MCでは話が途切れたりして、聞いている私の方がハラハラしましたが、サックスを吹き始めると84才という年齢を感じさせず「やっぱりミュージシャンだな」と感心しました。

 

何かに熱中するということが、人の活力になっているのかもしれませんね。

 

さて、今週の木曜日31日に、東京地裁で、生活雑貨ブランド「無印良品」を展開する「良品計画」が原告となって、大手のホームセンター「カインズ」を訴えた裁判の判決が出ました。

 

訴訟の内容は、無印良品と類似する商品をカインズが独自に売っていたため、これが不正競争にあたるとして、良品計画がカインズに販売差し止めなどを求めたものです。

 

不正競争防止法では、他人と類似する商品について、その商品が世間一般に知られている場合に、その商品や営業と混同するような行為を禁止しています。

 

今回は、無印良品として、棚の四隅を細い2本の金属製のポールで支える構造が特徴の「ユニットシェルフ」を販売していたところ、それに似た商品をカインズが売り出したというものです。

 

無印良品というと、飾り気のないシンプルさが魅力の商品のイメージがありますよね。

 

そして、街中のちょっと洒落たところに店舗を持っていて、「ちょっと値段が高い」というイメージも(私だけ?)。

 

カインズで、それと同じ構造の棚を売り出したため、無印良品がこれを差し止めるように訴えたものです。

 

形が全く一緒ではなくても、真っ白でシンプルな構造であれば、無印良品と勘違いすることもありますよね。

 

また、郊外店舗型のカインズで売っていたということは、当然、無印良品より相当安い価格だったのでしょう。

 

東京地裁では、構造が同じで、形もほぼ同じ形と言えるため、良品計画の利益を侵害するおそれがあるとして、差し止めを認めました

 

これを見ると、良品計画とカインズだけの争いに見えます。

 

ただ、良品計画側からすると、自社のブランドを前提に少し高めで売却しても売れる商品について、量販店で売却されるとブランド力そのものが落ちてしまい大打撃になると思います。

 

おそらく、カインズ以外にも無印良品に類似する商品を売っている量販店はあるでしょう。

 

良品計画としては、そのような量販店全体に対する威嚇と姿勢を見せるために今回の訴訟を起こしたのだと思います。

 

訴訟は表面的に現れる部分だけでなく、裏には様々な意図が隠されていることが多いんですね。

 

「企業法務とビジネス」の過去記事はこちら 

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